職業観セミナー講師体験記

「職業観セミナー」って?
元々は父母のほうから発案されたという、茗溪学園名物行事(?)の一つ。
「講師の方々から職業のお話を伺うことを通して生徒達に進路や将来の職業を考える機会をつくる」(進路指導部長・高島渉先生)ということを目的にしたプログラムで、講師は、セミナーの対象になる高校1年生の父母を中心に、茗溪学園の父母や卒業生が務めます。
9月7日に行なわれた今年度の職業観セミナーでは、法務関係、経営関係、貿易流通・金融関係、国際協力交流関係、ジャーナリズム、建築関係、理系研究者、医師、獣医師、薬剤師、心理カウンセラー、看護師、小学校教員、幼稚園教員・保育師、美術一般という講座に分かれて、にわか講師の父母たち(中には講師のプロもいらっしゃいますが)が奮闘いたしました。
セミナーの公式な記録は、24回生の先生がたにより「職業観セミナー報告書」という小冊子にまとめられていますので、父母会ホームページでは、実際に講師を務められたご父母の「講師体験記」を、楽屋話ふうに語っていただきました。


職業観セミナー(分科会 貿易流通・金融関係)講師体験記

秋元和夫(4年A組父母、銀行勤務)

1.お役に立つならば
わが子の担任で学年主任の黒澤先生から、職業観セミナーの分科会の講師を引き受けてもらえないか、との依頼があった。担当する分科会は「貿易流通・金融」。講師は商社マン、銀行マンというイメージだったようだ。私は金融機関において、現在、国民への金融知識の普及に仕事として携わっていることもあって、茗溪の子どもたちのためになるならばと思い、何のためらいもなく(今思えば、極めて安易に)その依頼を引き受けた。
2.準備を進めながら
私は、セミナーの当日に向け、高校生用の政治経済の資料や副読本、あるいは高校生が登場する経済小説等を読み直し、自分なりに茗溪の高1レベルを想定してレジュメを作成した。また、進路指導部長の高島先生に事前にそれをご一読いただき、「仕事の説明が詳しくなりすぎると、生徒たちがついていけなくなる。むしろ講師自身の体験から、働くこととはどういうことかという『職業観』について語ってほしい」というご助言をいただき、その心構えもしっかりとした積もりであった。私自身、平素より、金融のほか、人生設計や生活設計をテーマに各年代に合わせてわかりやすく説明している。
例えば、この7~8月にかけては、小学校から高等学校の先生方を対象に数回のレクチャーを行なったし、9月以降も、幼稚園から大学までの先生方を含む幅広い層を対象に各地で講演する予定になっていた。そんなこんなで、当日の分科会には準備万端、自信を持って臨んだ積もりであった。
しかし、不安な点もなかったわけではない。それは、①分科会には、「金融」だけでなく「貿易流通」の話を期待している生徒もいるはずではないか、②金融機関経営に問題の多いこの時期に、敢えて「金融」の話を聞きたいとする生徒たちは、金融について予備知識を持っているのだろうか、③いくら優れた茗溪学園の高校生、そうした中で自ら問題意識を持った生徒たちとはいっても、所詮は高校1年生であり、話の内容として想定しているレベルに本当に無理はないのだろうか、という3点である。
3.いよいよ本番
分科会の生徒代表に誘導されて入室したその教室には、教卓側に講師の机を置き、それを囲む弧のように生徒7名の机が配置されていた。男子4名、女子3名の計7名が、「このおじさんは一体どんな人なんだろう」といった若干の緊張と不安の面持ちで待ち構えていた。しかし、挨拶を交わして一通り生徒たちの顔を見渡すと、真剣な眼差しが注がれているのを感じた。遅れて来る生徒もいるようであったので、まずは用意していた当日の朝刊各紙をみんなに見てもらいながら、前日の記者発表を例として、記者や国民からの「信用」が大事であることを紹介した。その「信用」は、言うまでもなく金融機関が拠って立つものでもある。
4.予想外の展開
さて、銀行とは何か、今そこで何が起こっているのか、が登場人物のひとりの高校生の言葉として書かれている経済小説の一節を紹介し、レクチャーを開始した。そして、その中で高校生が自分なりの見解を示した金融機関経営の悪化と公的資金の投入について、図を示しながら解説を始め、「Aという銀行に預け入れたお金は、Bという違う銀行からも引き出せるよね」と同意を求めたとき、生徒たちから私に発せられた戸惑いの視線と妙に重苦しい雰囲気を感じた。「あれ、みんな知らなかった?聞いたことはないかな?」と質してみると、一様に無言のまま首を横に振ったのであった。
5.過信が自信喪失に
いやはや大失敗である。私が漠然と抱いていた3つの不安は見事に的中したのであった。西武ライオンズの松坂大輔は「自信が確信に変わった」との名言を残したが、私は「過信が自信喪失へと変わっていった」のである。ということで、幸いにして、レクチャーのスタート直後であったので、あらかじめ用意していた「金融機関の働きとそこで働く人々」と題したレジュメからは離れ、金融機関の特殊性や商社や流通との共通点等を織り込みながら、金融を中心とした経済の仕組みや国との関係について、わかりやすい解説に努めるようにした。そして、そこでは、様々な切り口から、金融機関においても、貿易流通等の商取引においても、お互いの「信用」が極めて重要であることを強調したのであった。生徒たちは、私が繰り返し使った「信用」という言葉をキーワードとして認識したかどうかはわからない。少なくとも、それをメモした様子も見受けられなかったので、単なる一般名詞としてしか受け止められなかったかもしれない。
6.生徒からは的を射た質問も
こうした私からのレクチャーのあと、生徒たちから質問を受け付けた。このセミナーご担当の柴田先生から事前に伺っていたお話などから、あらかじめ想定できたものについては、レジュメに盛り込んでいたためそれに即して説明したが、それ以外にも「現金を取り扱う金融機関の仕事において、格別留意しなければならない点は何か」といった極めて的を射た質問もあった。それら考えに考え抜いた質問には、茗溪生に育まれつつある優れた思考力を垣間見たような気がした。
7.結局、学んだのは講師の私
質問が出尽くしたところで、最後に、生徒たちから分科会の感想を聞いてみた。生徒たちにとっては、分科会の時間を延長してもなお満たされない知的欲求もあったであろうし、消化しきれない話も少なくなかったであろうと思っていたが、生徒たちからは、茗溪生らしい講師に対する礼と思いやりに満ちた感想をいただいた。私は、このセミナーから、高校1年生に対して金融の話をするという貴重な経験を得て、むしろ生徒たち以上に多くのことを学んだように思う。そして、様々な価値観や問題意識を持つ生徒たちを相手にして、日々奮闘されている茗溪学園の先生方のご苦労を少しばかり理解できたように思う。
8.先生方に感謝!
私自身、金融機関に就職しようと考えたのは、大学の専門課程に進むころであった。それまでは、一時期、教師になりたいと考えたこともあったのだが、今回の経験から、「私は教師にならなくてよかった」と心底思うことができた。日々ご苦労をおかけしている先生方には、心より感謝したい。
職業観セミナー講師初体験

坪井 一穂(4年B組父母、医師)

今年度は「医師」を希望した女子が多かったので講師をお願いしたいと言われ、引き受けたものの何を話そうかと思案すること1カ月。こちらも初めての経験ですし、ある程度のガイドラインを学校側から示されたものの、具体的な内容に関しては全く自由とのことで、かえって考えがまとまらず悩み続けました。
土曜日の昼食直後という最も睡魔に襲われやすい時間帯にいかに皆を眠らせないか、高校1年生に興味を持ってもらえる内容とはどのようなものなのか考え続けながら当日を迎えました。事前(と言っても本当に直前でしたが)の説明会では、「学生の夢を壊さないように」と言われ、negativeな内容だけは避けようと決心し、本番を迎えました。
4年生の女子13人を前にしゃべり始めると、あっという間に90分が過ぎてしまいました。女医としての利益不利益、家庭と仕事の両立などの肝心な話題よりも、筑波大での楽しかった学生生活について長々としゃべってしまい、職業観が十分に伝わらなかったのではないかと反省しました。しかし後日渡された生徒たちのまとめと感想文を読ませていただき、こんなふうに受け止めてくれたんだと感動し、こんなに真剣に聞いてくれるのであれば毎年引き受けてもいいかな、とさえ思わせてくれました。(この感想文が本当に泣かせるのです!)
最後に講師側からの注文としては、①生徒が複数のセミナーに参加できるようなシステムが望ましい②講師予定者を集めて事前の説明会を開いてほしい、という2点を挙げておきます。
美術一般講師を務めて

西田光男(4年C組父母 鍛鉄工芸家)

美術一般講師として22名の生徒を対象にセミナーを行いました。画家・彫刻家・インテリアデザイナー、そしてファッション関係が希望という生徒もいましたが、実際の進路となるとまだまだ未定と感じとれました。美術一般といっても様々で、一人ではカバーしきれない部分があり苦慮しました。
ひとりの先輩の一例として、若い時に何を考え、何を望んで今の道に進んだかを話しました。すばらしい業績を残した人も人間、もちろん私たちも人間。「人間にできることは、多少時間はかかっても人間にできる」を、伝えたつもりですが、生徒たちはどのように受けとってくれたでしょうか。