茗溪学園父母会

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国語科:後藤義昭先生

goto001 今回は国語科の後藤義昭先生です。
2011年7月12日(火)、茗溪学園会議室でお話をうかがいました。

先生の小学校からの出身校についてお話いただけますか。

生まれは横浜の日吉で、3歳ぐらいで藤沢に引っ越しました。ちょうど辻堂と鵠沼の境目で、湘南の海まで歩いて10分の所に高3まで家族で住んでいました。小学校は藤沢市立の辻堂小学校、中学・高校は栄光学園という中高一貫の男子校です。

どのような中学・高校時代を過ごされましたか。

中学では、勉強した記憶が本当にないんですよね。部活はバレー部で一生懸命やりましたが。栄光学園で周りの皆が当たり前のように勉強している中で、どんどん落ちこぼれていきました。階段を転げ落ちるように勉強ができなくなっていったのが、中学時代の思い出です。

やっぱり勉強ができないというのはいろいろな意味で大きな屈折になるので、なぜ勉強しなければいけないのか、少しかっこよく言えば人は何のために生きるのか…自分の中で堂々めぐりをしていたのが高校時代です。友達と集まっては話しこんだり、栄光学園はキリスト教倫理の学校なので信仰や人生に関わるいろいろなディスカッションをしたり…。生きることについては、一生懸命考えた時期だったと思いますね。

大学生活はいかがでしたか。

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現役の時には東大文Ⅲを受けて一次試験で敗退しました。一年浪人ののち、筑波大の第二学群の比較文化学類へ。高校時代にいろいろ考えていた時に、国語の先生でタイプが違う3人の先生のことをそれぞれいいなと思っていたんですね。非常に理知的な先生と、人間味のある先生と、哲学的な先生。それを見て、自分も国語の教師になりたいというのは高校時代からかなりはっきりしていましたので、文学部を志望しました。

大学ではボート部に入り、ボート漬けの日々でした。ボートは、運動生理学ではスキーの距離競技と並んで最も過酷なスポーツだと言われています。木のシートに座って漕ぐので、お尻が痣になって膿んだり、固いオールを握る手の皮がベロベロにむけたりしましたね。また、水辺に練習拠点がないとできないスポーツなので戸田や土浦に艇庫や合宿所があって、いつも合宿生活をしているんですよ。当時部員は男子ばかりで、飯炊きも全部自分たちでやっていましたね。2年生からは、冬の年越合宿で正月も土浦の合宿所で迎えていました。4年の夏のインカレ(全国大学選手権)では、エイトで3位になりました。

なんだかんだいって運動は中学以来ずっとやってきたという感じですね。

先生という職業を選ばれたのはなぜですか。

高校時代に、企業の歯車となって働くのはいやだと感じたことと、人間関係が器用ではないと思っていましたので、教師になって子どもと交われたら、ということを思っていました。ちょうど大学を卒業する年に茗渓会が『茗溪学園』という学校を作ることになり、茗渓会である筑波大学に募集があって採用が決まりました。教育大から引き継いだ筑波大ボート部の1期生として歴史を創る苦楽を体験したこともあり、新しい学校を自分たちで作っていけるという喜びは大きかったです。

茗溪学園開校当時のエピソードはありますか。

生徒は多種多様で9割方が寮生でしたから、毎晩枕投げをしたり、寮の行事委員会がお楽しみ会をやったり、誕生日会をしたり、和気あいあいで毎日が修学旅行のようなスタートでした。その中で、寮生たちは「僕たちはこれで良いのか」と、寮生総会をひらき、すごい討論をしたのを覚えています。教員は全員寮に住み、開校にこぎつけたものの方向も見えなくて、24時間子どもと向き合い、とにかく夏休みまでは疲れきっていました。あの疲労感というのは今でも体が覚えています。楽しかったですけれどね。

当時と比べ、生徒たちや学校は変わってきましたか。

生徒たちはだんだんドライになってくるというか、茗溪学園だけではないけれど、今の生徒たちは小粒になっていったというか、うんと悪いこともしないけれど、リーダーシップをガンガンとって行くような子もいなくなってきました。初期の茗溪には、とんでもないリーダーみたいな生徒がいましたね。

―茗溪の教育についてお聞かせください。

茗溪の教育がめざしているのは、大学進学実績を伸ばしながらも全人教育の理念の両立ができる学校、そして子ども一人一人のために学校がある、教師がいる、ということです。そういった茗溪の良さややり方を理解してくれる子どもたちが茗溪を受験し、受かった子には楽しみながら茗溪で学んでもらうことが、本来求める茗溪のあり方だと思います。そして、その子たちが茗溪のよさを発信していってくれると嬉しいですね。実際、茗溪の卒業生には、レポートを書かせればしっかり書く、ディスカッションすれば自分の考えをはっきり言う、という形で社会的に評価されている子たちが多いと思います。また、茗溪のもう一つの柱は、子どもと親と教師とが一体となって学校を作って行く三位一体の学校作りです。この子にとってどういうことが一番の幸せなのだろう、どういう学校にしていったら子どもたちにとって一番良いのだろう、と私たちは考えています。

goto003 ―10年後の先生は、どうされていると思いますか。

10年後の前にとりあえず5年後ですが、現在55歳なので、60歳になるとちょうど今の35回生が卒業をして私は定年になるんです。35回生が最後の6年間付き合う子どもたちになるので、今まで自分が茗溪で培って来た経験を全部出していこう、という思いがあります。

学級通信「言の葉」を書いているのも、茗溪の子どもたちの6年間およそ2100日間の学校生活をできるだけ記録として残しておきたいということと、子どもたちが茗溪での6年間何をして何を感じてきたか、そういうことを記録として残しておきたいという気持ちがあります。

その後のことは、今はあまり考えていません。「酒と漂泊に生きる人生」というのが理想です。仕事をしている今も酒は飲みますけれど、時間が無くて漂泊はなかなかできていないので、リタイアしたら日本のあちこちを旅してまわれたらいいな、と思っています。

―日常の生活で一番大事にされていることは何ですか。

「考えること」です。何をするにもまず考えて、一番いいと思うことをやりたい。「考える、ゆえに我あり」という感じです。学級通信を書くのは+αの仕事かもしれませんけれど、今子どもたちの中で何が起こっていて、子どもたちにこれを伝えることが必要なのではないか、ということを考えながら書いています。酒を飲むのもひとりで飲むのが好きなのですが、飲みながらいろいろなことを考えます。

goto004 ―学級通信などは手書きで書かれますが、手書きにこだわる理由は何ですか。

自分の頭でものを考えたい、自分の言葉で表現したい、そしてできれば自分の文字で伝えたい、というのがあります。書くというのは紙と鉛筆とが擦れる、そのひっかかりがとても大事だと思うのです。書いている時間は考える時間でもあります。ラブレターはやっぱり、手書きですよね。 「書く」というのは「愛する」、ということでしょうか。ちょっとキザな言い方になってしまいますけど。

携帯やパソコンが嫌いなのは、今、目の前にある画面しか見えないからです。書いている場合には下書きも含めて、自分の中で全部見ようとしていて「今ここを書いている」ということが自分でわかる。そういう思考の仕方が大事ではないかと思います。

茗溪の国語教育の特徴についてお聞かせください。

国語を科学にしていく、ということでしょうか。茗溪の国語の授業で私は「構造読み」という、全体を大きく見るという作業をとても大事にしています。よく子どもたちに言うのですが、木を見て森を見ずになるな、と。木を一本だけ見ても、その森の木の育ち方はわからない。ヘリコプターで上空まで行って、森全体を俯瞰することによって、その森の木1本1本の育ち方がわかる。まず森があって木がある。そして木が1本1本あって、森が形成されている。森と木の関係というのを学ばせていくというのが、広い意味での道徳、教育ではないかと考えています。また、構造を読むということは、作者がどういう意図でこの物語を構成しているのかという主題に繋がります。茗溪の国語の授業に本当にしっかり参加していけば、大学入試レベルの国語は全然怖くないと思いますよ。

国語を通して生徒に伝えたいことはありますか。

試験で点を取るために授業があるんだと思っている子が多いですね。国語という教科は暗記科目とは一番縁遠くなくてはいけないんです。大事なのは教材をどう読んだかという結果ではなくて、これを通して、小説を読むとは、論説文を読むとはどういうことなのかを学ぶことです。また、今の子どもたちが今までの右肩上がりの成長に代わる、人間にとっての本当の幸せとは何なのかを、自分たちで考えられる人間になってほしいですね。自分の頭で考えるということが大切ですね。

goto005先生の個人的な活動やライフワークについて、お聞かせください。

全国生活指導研究協議会という教育サークルに関わっていて、そこで学んだことを茗溪学園の生徒たちにどれだけ還元できるかが私のライフワークかもしれません。これは国語の研究会ではなくて、生活指導のサークルです。 国語というのは教科の中では一番生活と密着していて、たとえば昔の生活綴り方教育は、国語の教育であると同時にすぐれた道徳教育でもありましたから、その流れも汲んでいます。私にとっては、国語と担任としての生活指導は一体のものです。

読書と国語力の関係、そして本の嫌いな子、好きな子について。

たくさん読めば国語力がつくというのは、私は嘘だと思います。本を深く読むというのが大事だと思いますね。例えばヘルマン・ヘッセの「デミアン」、これは予備校時代に3回か4回読みました。自分の気に入ったフレーズをルーズリーフに書き出しながら、ここで作者は何を言おうとしているのか、それに自分は共感できるのか、といったことを考えながら読んでいました。

読み聞かせはとても大事だと思います。もともと文学は、口承文学、口伝えとして生まれました。日常会話ではなく、語り継がれる言葉というのが熟成していったわけです。読み聞かせを丁寧にやってきた子どもは、国語力はわかりませんが、言葉を使って考えることができると思いますね。読書のあまり好きでない子には、赤川次郎なども良いです。私が一番読書に熱中していたのは、小学校高学年の頃のシャーロック・ホームズ・シリーズでした。言葉によってストーリーに引き込まれることを覚えました。

茗溪には図書館族と言われる子たちもいます。中学時代は運動系の男の子たちのほうがメジャーですから、男の子の図書館族は、馬鹿にされたり疎外されたりもします。でも高校になると、本で蓄積されたものが出てきます。茗溪の卒業生には作家もいますよ。

国語の読解力をつけたかったら、しっかり授業に参加しようと言いたいです。全般的な国語力という意味では、理を尽くした言葉でお父さん、お母さんと、あるいはお兄ちゃん、お姉ちゃんと話すということでしょうか。言葉のキャッチボール、まず受け止めて、投げ返してあげる、それが大切だと思います。投げてきたボールは、受け取ってすぐに剛速球で返さず、ふわっと返してあげるとよいです。そうするとまた向こうが取って返してくれます。私は子どもが2人いますけれど、幼児期から赤ちゃん言葉を使ったことがないんです。2人とも成績がよかったわけではありませんが、言葉だけは一応使える子どもになっていますね。

愛読書や好きな作家について、お聞かせください。

高校生のときに読んだ「こころ」。実は「こころ」がますます好きになったのは、グループで付き合っていたとても才能のある女の子に「後藤君はこころの先生の面影がある」と言われ…とても嬉しかったのです。中島敦の「山月記」。臆病な自尊心と尊大な羞恥心、知識人の自己認識がとても好きです。外国の作品では、ヘッセの「デミアン」。これも高校時代に尊敬していた学年でトップの友人から「デミアンにはお前の面影がある」と言われて。やっぱり人間というのは、自分に近いものを模索していきますから。この3作品は私の基礎になっています。作家でいうと、もちろん漱石、鴎外。現代作家では、灰谷健次郎が一番好きです。井上ひさし、言葉を大事にした人です。それから倉本聡。全然ITと関係ない生活をしてきたというところが好きですね。作家でも自分に似たものを見つけられる人が好きなんです。

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お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

父母会ホームページ委員会 幸田(36K )、磯(35K)、斎木(35K)、斉藤(35K )、塩田(35K)、皆川(34K)

 

 

第30回茗溪学園美術展

9月27日より10月2日まで、第30回茗溪学園美術展が茨城県つくば美術館(文化会館アルス内)にて開かれました。第1回の美術展が開かれたのは1982年。当時土浦にあった小網屋デパートで作品が展示されました。以来展覧会場を亀城プラザ、エキスポセンターなどに移して続けられ、第9回展より現在のつくば美術館で開かれています。今回は、第30回という節目の展覧会ということもあり、美術分野で活躍している卒業生の活動・作品が集められたコーナーが設けられました。玩具の会社で企画を行なっている卒業生など、多様な活躍の場を知ることができて、とても興味深いものでした。それでは、美術展の様子をご紹介いたします。(クリックをすると作品の画像を拡大することができます。)

中1 水彩(静物画)

旧中1(現中2)油絵(自画像)

旧中2(現中3)でべらを描く

高1 塑像(手による表現)

高2 油絵(自分の原点を描く)

旧高2 絵画卒業制作

美術部

書道部

写真部

茗溪学園では、美術は中学1年生・2年生が必修、中学3年生から高校2年生では選択授業となっています。美術展では、高校2年生の美術選択者の絵画卒業制作は全員分が展示、石の彫刻を卒業制作に選んだ生徒については、作品の写真がファイルにまとめられました。その他の学年の作品の展示はピックアップされたものですが、水彩画、油絵などはファイルにまとめられているので全員分を見ることができます。どの学年の作品にもそれぞれの良さがあり、秋の日に散策がてら訪れた美術展でしたが、思いがけないほどの感動を得ることができました。その他茗溪学園の卒業生や教職員、父母の方々の作品も展示しています。
今年は見逃した父母の方がいましたら、ぜひ来年の美術展を訪れてほしいと思います。

36回生(1年生)の彩の国キャンプが2011年9月4日~6日、2泊3日で行われました。今までと大きく異なる点はキャンプ地です。30年間「里キャン」(里美キャンプ)と親しまれていた場所から、今年は心機一転、秩父へと場所を移しました。初めての場所で行なわれた1年生のキャンプにボランティアとして参加された父母の佐藤知穂さんより、キャンプの様子や感想をお寄せいただきました。

【すべてが初めての試み】

何度同じ場所のキャンプに行っていても生徒が変われば、状況も変わることでしょう。そういった意味ではキャンプ地が変わったことは先生方にとっていつもより大変だったかもしれません。しかし、そんなことでうろたえる先生方ではないことは承知の上。どんな状況になっても臨機応変に対応し、やるべきこと・やらないことの決断力は見ていて頼もしかったです。また、彩の国キャンプ場の設備が雨天でも対応できることが良かったかもしれません。あいにくの雨でも屋内でキャンプファイヤーをすることができました。

【頼もしい子供たち】

先生からの指示は「本当に危険な場合を除き、口は出しても、手を出さない」でした。これは保護者にとってなかなかもどかしいことです。初日、初めて火を起こした子どもも多かったはず。何度も火が消え、わけが分からず新聞を突っ込み、その灰が雨よりもひどく降り注ぐ。雨で薪が濡れたことにより、かまどからは煙だけがモクモクとあがる。それでも保護者は見守っていました。しかし、翌日は時間配分に多少の問題があっても、それなりに形になってくる子どもたち。1回1回、上達していく様子はなかなかのものでした。また、キャンプファイヤーの時に見せた団結力と他の発表者への温かい応援。これは多くの保護者を驚かせました。みんなで今を楽しむことを、子どもたちは茗溪に入ってたったの5ヶ月で体得していました。

【キャンプボランティアの仕事】

その名の通り、キャンプが上手くいくようにお手伝いすることが私たちの仕事でした。お父さんにはお父さんの仕事。お母さんにはお母さんの仕事があります。例えばお父さん。子どもたちが持って行く麦茶を作り続けます。オリエンテーリングでは事前に看板を立てに行ったり、少し険しい場所で待機していたり、キャンプファイヤーの準備、生ゴミの処理などがありました。一方、お母さんは毎回の食事の仕分けや、食事の作業の補助、オリエンテーリングの見守りなど、子どもたちの様子を見守ることがメインです。その他にも、賞品の盾製作のため彫刻家になってみたり、またハウスキーパーになってみたりと、思いのほかやることが色々ありました。

【保護者のつながり】

キャンプボランティアに参加して一番良かったことは、他の保護者の皆さんと交流が持てたことだと思います。茗溪の子どもたちは学校の近所だけでなく、県外からも通ってきます。また、寮に入っているお子さんもいます。そういったなかで、年に数回の父母会だけではなかなか他の保護者の方とは交流が持てませんでした。今回のキャンプではそれほど話す時間はありませんでしたが、24時間を共に過ごしたおかげで他の保護者の方の考え方や人間性を見ることができて、本当に良かったです。子どもだけでなく、保護者にとっても心強い仲間が見つかる良い機会となりました。今回、このような機会を作っていただき、また、今後の行事を通して多くの保護者の方々と交流を持てることを楽しみにしております。 (佐藤 知穂)

2011年2月19日(土)13:45より、第一AVE室にて、32回生学年父母会主催によるパネルディスカッションを開催しました。今回は大学卒業と就職を控えた4名の茗溪卒業生を迎え、笑いありユーモアありで楽しいお話を交えながらの経験談と、進路指導部長の杉山明信先生のコメントを頂き、親として考えさせられる貴重なお話を伺うことが出来ました。
当日の様子をそのままお届けします。

本音で語る
今からでも遅くない!~夢をめざす親子への提言

-学年委員長あいさつ                                   32回生父母会学年委員長 北村 篤子
今4年生は、進路選択や個人課題研究など様々な選択の時期を迎えています。子供達は、しっかりと自分で考え、悩み、そして乗り越えて行くことと思いますが、「どんなふうに悩んでいるのか、又 親としてどの様なアドバイスができるのか」 などを知ることができれば、より良いバックアップが出来るのではないでしょうか。そこで、4年生の学年父母会の恒例となっておりますパネルディスカッションを今年も企画致しました。
本日のパネルディスカッションは、「本音で語る 今からでも遅くない。夢をめざす親子への提言」というテーマで、杉山先生からご紹介いただいた4人の卒業生からお話しを伺います。4人の卒業生にはお忙しい中、パネリストを快くお引き受けいただきました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

◆パネリスト出演者

・織原雄佑さん  26回生
     ・有馬  楓さん  26回生
     ・宮本  瞳さん  26回生
     ・早川和騎さん  25回生
◆コメンテーター
     ・茗溪学園進路指導部長 杉山明信先生
◆コーディネート
     ・32回生学年父母会
◆司会
     ・32回生父母   池永直子

-自己紹介(大学を選んだ理由)
織原さん織原さん:
桜美林大学 健康福祉学部4年
ラグビー部出身
個人課題研究テーマ「年齢にあった足を速くするトレーニング法」
医療関係商社就職内定
勉強が嫌で中学から高校へ進学するときに学校を辞めなくてはと思うくらい成績が悪かったが、ラグビーを続けたいという一心で勉強を頑張った。
個人課題研究は、自分は足が少し早かったので「年齢にあった足を速くするトレーニング法」という個人課題研究テーマを選んだが、本を少し読む程度であまりまじめにやっていなかった。
2年生の終わりごろから大学進路を考え始め、将来は教員をやりたいという気持ちと、ラグビーもやりたいということで、どちらもできる大学を探した。
3年生の時にはラグビー全国大会に出場したので、受験勉強はできず推薦で行ける大学を選んだ。

有馬さん

有馬さん:
女子美術大学 デザイン専攻4年
美術部出身
個人課題研究テーマ「ルネサンス期と近代の絵画を模写する」
教育関係就職内定
公立の中学時代から将来美術の道に進もうと思い、茗溪は美術関係の大学進学率が良かったので高校から茗溪に推薦で入った。
大学を選んだ理由は、中学時代から美術の道に進みたかったので美術大学を選んだ。
最初油絵を描く学科に入ったが、大学2年の時に、自己表現する絵画よりは職に結び付けたいと思ったので、ポスターやパッケージを行うデザイン科に転科した。
今振り返れば、高校時代は絵を描くことばかり考えていたので、もっといろいろなことを考えても良かった。

宮本さん

宮本さん:
成蹊大学 文学部4年
バレーボール部出身
個人課題研究テーマ「『伊豆の踊り子』について」
金融関係就職内定
部活はバレー部に所属していたが、その頃のチームはそんなに強くなかったチームだった。 県大会まで行けるレベルまで部活に力を入れていたのであまり勉強はしていなかった。
数学はあまり好きでなく国語が好きだったので文学部を志望したが、文学部はあまり就職率がよくないと思い資格が取れる大学、設備や環境が整っている大学を選んだ。
また、個人課題研究をやっていたときに、成蹊大学で文学研究会に行ったことがきっかけで、最終的に成蹊大学に決めた。

早川さん

早川さん:
明治大学 政治経済学部4年
バスケットボール部出身
個人課題研究テーマは、「漫才論~漫才の歴史から漫才ライブ公演まで~」
音楽関係就職内定
漫才を始めたのは中学3年からで、4年間文化祭で漫才を行っていた。
最初は日大の芸術学部を目指していたが落ちて、玉川大学の芸術学部に受かったので3ヶ月ぐらい通っていたが、肌に合わなくて中退した。夏から浪人生活を行い、1年後に明治大学に入学した。
学校を選択する時に一度大学に足を運んで、そこで4年間過ごせるか見てもらえればミスマッチは防げるのではないかと思う。また、親に頼みこんで浪人して出直す方法もあるのではないかと思う。
浪人中はいろいろ大学をみて回ったが、都内の大学ではサークル活動が充実していて、自分としては学部を選んだと言うよりは校風で選んだ感じだった。

杉山先生

杉山先生:
自分の目で希望する大学を見ることはとても大事なこと。
3年生で大学訪問のプログラムがあるが、大学のオープンキャンパスに参加する余裕は3年生ではない。2年生のうちに是非行っておくことを勧める。

 

-親に言われて嬉しかったこと、辛かったこと、言ってもらいたかったこと、言って欲しくなかったこと
織原さん:
父親からは何も言われなかった。母親からは勉強・勉強と言われていたが、自分はラグビーが好きでラグビーをさせてくれたことに感謝したい。
昔から自分自身の教育にお金をかけてきているのを知っていたので、なるべくだったらお金のことは言われたくない。
有馬さん:
親からの干渉がなかったことがよかった。
自分で将来を決めたいという意識があったので、親からは何も言われなかったのがよかった。
宮本さん:
親からの干渉もなにもない。生まれてから今まで勉強しなさいと言われたことがない。
一人の大人として見てくれていたのが嬉しかった。
パニックになるほど勉強に悩んでいたら、親から「こんなことができなくても死ぬわけでもないのだから」と言われて、「あっそうか、死ぬわけないんだ」と思い直したことがある。だから、気が抜けるほどどうでもいいようなことを言ってもらうとよい。
早川さん:
中退浪人を含め自由にやらせてもらって親に感謝している。
お金のことに関しては言って欲しくなかった。

-個人課題研究のモチベーション維持のための親の対応、親にして欲しかったこと
織原さん:
個人課題研究の途中経過を誰かに見せることによって、そこまでに作らなければならないプレッシャーがあるので、途中経過を誰かに見せることが、モチベーション維持につながると思う。
有馬さん:
絵を描くことが個人課題研究だったので、描いていると飽きてくるため気分転換が必要。
親にして欲しかったことはない。
宮本さん:
ゼミ方式で途中経過を発表しあうことで、そこまでに終わらせないといけないし、みんなに迷惑をかけられないので、モチベーションが保てる。
早川さん:
やりたいことをやらせてもらうことで、モチベーションが維持できる。
子供がやりたいことを優しく見守ってあげることが大事だと思う。

杉山先生:
もし自分の子の個人課題研究の経過を知りたければ、経過を本人に聞くより指導の教師に状況を聞いてみた方がよい。
また、書いてあるものを直接見るよりは、「面白いところはある?」などと話を聞いてみる方がよい。何もしていなければ話もできないだろうし。

-クラブ活動と受験勉強との両立について
織原さん:
ラグビーの全国大会が終わって1週間くらいでセンター試験があるが、私の場合は、推薦で大学に入ったので、部活は受験勉強に影響はしなかった。
有馬さん:
英語をもう少し勉強しなければならなかったが、絵画教室から帰ってくるとくたびれてそこから勉強する余裕はなかった。そこで両立して頑張れた人はいい大学に入れるのではないかと思った。
宮本さん:
茗溪は勉強と部活と行事を2つ3つと同時にやらないといけないので、自然に両立していると思う。全力で取り組めば部活動と受験勉強は両立できると思う。
早川さん:
自分の場合、6月の最後で部活を引退した。頑張って部活に励んできた学生は、受験勉強にも頑張れると思う。
杉山先生:
部活を引退してからの学力の伸びはびっくりするほど茗溪生にはある。
卒業式の時にアンケートを取るが、いつ頃から受験勉強を始めるのかという質問で、高2の終わりから受験勉強を始めるという回答が多かった。高3で部活を引退してからの受験準備ではちょっと遅い。
75%の人がもう少し早く受験勉強を始めておけばよかったという調査結果がある。
茗溪生の特徴は、勉強もやるし、部活の参加率も高い、数多い行事もやるといった訓練を受けているので、部活と受験勉強は両立していけるはず。

-高校1年生に戻れるなら、学習面、個人研究課題、学園生活、部活でどのようなことをしたいか
織原さん:
ラグビーの推薦で大学に入ったが、ラグビーはそれほど強くないのでラグビー以外の他の道を考えている。
勉強していなかったので、もうちょっと勉強していれば、今と変わっていると思う。
有馬さん:
英語をもう少し勉強していればよかった。美術でも絵を書くために海外をまわることがあるので、英語がもう少しできるようになりたかった。
宮本さん:
特にやりたいことはない。
茗溪は、行事が多いのでとにかく忙しい。学校の行事や部活動に全力を出し切ったという感じで過ごしてきた。茗溪で過ごした忙しい日は、もう2度と過ごしたくないと思うくらいに全力でやると悔いはないと思う。
早川さん:
後悔はしていない。
あえて言えば、積極的に行事に参加したかった。

(一般質問)
-受験の際、親からやって欲しかったこと、やって欲しくなかったこと
・受験制度を理解していないのに、あたかも知っているような振りして、指図して欲しくなかった。
・親までも受験に一生懸命にならないで欲しい。
・受験に関係なく家族で普通に過ごすことで受験に対するプレッシャーが取り除けた。
・泊まりで受験した時、親は泊まりはしなかったけど一緒に大学まで付き合ってくれたことが嬉しかった。

-受験勉強の仕方でアドバイスできること
・夏期講習、冬季講習で美大の大手予備校に行き、いろいろな人と自分との美術的センスを比較することができた。
・塾に行かないと受験に落ちるといった妄想に駆られ、高3に夏期講習に行ったが、塾の講習は大したことはなくて、時間やお金を無駄にしてしまった。
・高2から高3に入る時に春季講習を試してもらい、塾の講習はこんなもんかと体験し、大切な高3の夏を乗り切る。
・毎年合格体験記を配布しているが、合格体験記の内容はすばらしいので、親子で読んで欲しい。

-モチベーションが下がった時の対応方法について
・到達度試験で2つの教科に落ちてしまったので、部活に参加できない状況になった。しかし、部活に出たいという一心で、補習の勉強を乗り越えられた。
・テスト期間中は部活動が活動停止になるので、部活のメンバーとグループ学習をやることが多かった。そこで、他のグループとテスト結果を競争し合ったりした。グループ学習は効果的だったと思う。

-ここに集まった32回生父母に対して一言
・1つ好きなことがあれば後々役に立ったことから、好きなことをのびのびさせて欲しい。
・何が成功するきっかけになるかわからないでの、好きなことを潰さないで応援して欲しい。
・子供がどんなに大変な時でも、特別扱いをしないで、普通の時間の流れを作って見守るぐらいでいて欲しい。
・今は辛い境遇に曝されている生徒でも、卒業後は茗溪時代の思い出となるので、暖かく見守って欲しい。

-最後に杉山先生から一言
茗溪学園は、卒業生に協力してもらうことがいくつかあるが、すべてボランティアで協力してもらっている。
学校は、人が財産になる。生徒もご父母も教師も財産だが、茗溪を巣立っていった卒業生はもっと良い財産だ。
今日来てくれた卒業生の皆さん、付き合ってくれてどうもありがとう。

-父母の感想
・本当の「本音トーク」がよかったです。
・茗溪の授業をしっかり受けていれば、塾通いは不要だと分かりました。
・聴衆した父兄の人数が多く、関心の高さを感じました。
・卒業生の皆さんの話しを聞いて、この学校で学ぶ限り、道はどこかにあって、子供なりに見つけ出すのだろうと、自分の子供のことを思うと淡い希望を抱く事ができました。卒業生の皆さんも多忙のなか来て頂き、感謝、感謝です。
・頑張り屋で、照れ屋で、ユニークな学生さんばかり、みんな頑張っているんだなぁ、と感心しきりでした。
・今回は文系の学生さんばかりでしたが、何かを志す気持ちは文系も理系もないのかもしれないですね。
・卒業生に声をかける進路指導の杉山先生の労を思うとなかなか大変だと思います。ありがとうございました。

平成22年度 35回生学年父母会委員長の関様に、昨年度の活動のご感想をいただきました。

「一年間を振り返って」

平成22年度 1学年委員長 関 正樹

35回生平成22年度学年委員長の関 正樹です。
今回わが子がはじめて茗溪学園にお世話になるため、学園の歴史や雰囲気がほとんどわからないまま学年委員長を務めることとなり、不安な気持ちで一杯でした。しかし、副委員長の植松さんをはじめ各クラスの11名の学級委員さん、また里美キャンプでご一緒したボランティアのお父さん・お母さん方の励ましと適切なアドバイス、多大なご協力のおかげをもちまして、素晴らしい思い出とともにお役目を終えることが出来ました。この場をお借りしてお世話になりました皆様に感謝と御礼を申し上げます。

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平成22年度 33回生学年父母会委員長を務められました定松様に、昨年度の活動のご感想をいただきました。

『高校生になる子供たち』

33回生学年父母会委員長 定松宣義

年度初めの父母会学級役員決めの事前アンケートで「他に引き受ける人がいなかったら引き受ける」の欄に〇をつけてしまったがため役員となり、さらには学年委員長になってしまい、ここに「消極的学年委員長(?)」が誕生しました。
しかし、他クラスの(学年)委員の方々が、それぞれ父母会の事業委員会等で活躍していただき、いつも軌道に乗れた活動ができたことは感謝に堪えません。委員長がしっかりしていなくても動いていただいた学年委員の皆様、本当にありがとうございました。
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平成22年度を振り返るシリーズ、今回は瀧澤広報委員会委員長からの寄稿をご紹介いたします。

“NEW広報委員会”スタート!

広報委員会委員長 瀧澤靜香

Q:今年の広報委員会、変わりましたね?
A:あら、おわかりですか!
Q:わかりますとも、この紙面を見れば・・・。
委員の皆さん、チームワークが良くて楽しそうに活動なさっているご様子。
なにか、秘訣でも?
A:ほほほっ、秘訣ですか~。
このような会話がちらほら交わされた昨年度・・・。
広報委員会では年に2回、広報誌『父母会便り』を発行しておりますが、昨年度平成22年度に大きく変わったことがふたつありました。
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今回は、平成22年度つくば北地区父母会長の伊藤様よりの活動報告をご紹介いたします。

つくば北地区父母会長 伊藤充

平成22年12月4日(土)の昼、クリスマスを迎える雰囲気のレストラン「珈琲哲學つくば大穂店」に会員とその家族13人が集まって、茗溪学園5年生のお母さんの山口三紀子さんを講師にお招きしソープカービング(石鹸の彫刻)の講習会を行いました。山口さんはタイ・バンコクにてソープカービングを学び、帰国後、千葉県市川市にて教室を開き、現在、読売カルチャーセンターや国際カルチャーセンターの講師をされている方です。ソープカービング部門で数々のコンクールに入賞され、日本代表として活躍されております。

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父母会ホームページ委員会では、平成22年度の地区父母会長、学年委員長、事業委員会委員長各位に、「平成22年度の活動を振り返って」をテーマとした原稿を依頼いたしました。ご多忙の中、多くの委員長より原稿をお寄せいただきましたので、順次ご紹介していきたいと思います。
今回ご紹介するのは、パンボランティア委員長の安達麻子様よりのものです。

平成22年度 パンボランティア委員長 安達 麻子

一年前の役員決めの日、自らパンボランティア委員に手を挙げたのにもかかわらず、実際パンボラ委員とはどんな仕事をするものなのかよくわかっていなかった。過去2年間、数回パン販売のお手伝いをさせていただいただけで委員はいったい何をすれば良いのか、初対面の方の中でオロオロしていた。その上、委員長に指名されてしまったので、頭の中は真っ白になってしまった。

私は6年生の委員さんとペアになり、7月から10月までのパンボランティアを募集し担当者を割り振るという仕事をした。「いつも同じ方ばかりの申し込みで人数を確保するのが大変」と聞いていたのだが、思ったよりたくさんの方が快く引き受けてくださりとってもうれしかった。

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今年のバザーに寄せて

本年度は6月11(土)~12日(日)に茗溪学園桐創祭が行われ、バザーは11日(土)に開催されます。 今年は特に未曾有の災害を目の当たりにした私たちが、助け合う気持ちを形にできる良い機会としてこのような場を活用できたらと思います。
河合バザー委員長より、茗溪のバザーについてと今年のバザーに寄せる想いを寄稿いただきましたのでご紹介いたします。 

茗溪のバザー
バザー委員長 河合 佳代

今年度で、バザーのお手伝いは3回目になります。初回はバザーボランティアとして参加し、小学校時代のバザーとの違いに驚きました。ですから、茗溪バザーの様子を少しご紹介できたら、と思います。

最も違う点は、短時間で終わる値札付けではないでしょうか。小学校保護者の頃は、前日までに係が集まり、価格を設定してつける、というものでした。しかし茗溪では当日の朝、バザー委員、バザーボランティアが総出でバザー品を倉庫から出し、各パートごとに陳列しながら、参考価格表を見てその場でどんどん価格を決め、手早く値付けが進みます。外では入場整理券の列ができ、配布が始まります。品出しなど力仕事も多いこの日、お父様方のお力も得てあっという間に会場ができあがります。初年度はその無駄のない動きに大変驚きました。

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