情報科:大貫和則先生インタビュー

情報科:大貫和則先生

11月4日、42回生(中学1年生)の学年主任である大貫和則先生にホームページ委員4名でインタビューをさせていただきました。
茨城県水戸市出身の大貫先生は、大学の理学部で物理学を学んだ後、青年海外協力隊として2年間ガーナで過ごした経験を生かし、現在は茗溪学園の情報教育部長、情報科教諭とともに「ラオス研修(正式名称は国際協力スタディツアー)」を担当されています。ガーナの教育事情、ラオス研修の内容、そして茗溪学園の教育など、たくさんのお話を伺いました。

 

先生は大学卒業後、青年海外協力隊で活動されていたとお聞きしました。青年海外協力隊に入ろうと思ったきっかけを教えてください。

きっかけは、昔からぼんやりと自分の中にあった「アフリカへの憧れ」が大きいです。「野生の王国」などの動物番組をテレビでよく見ていて、「キリンとか、ああいう動物がたくさんいるところに行ったらおもしろそうだ」と思っていました。それまで海外には一度も行ったことがありませんでしたし、しかもアフリカは簡単に行けるところではない。

協力隊員時に勤務していた学校の敷地(奥に校舎が見える)

でも青年海外協力隊として行くとなれば、なかなかできない経験ができそうだと思って参加しました。実際に赴任したのは、キリンはいないガーナの中学校で理科の教師をしていました。公用語は英語なので、授業は英語でしていました。

 

理科の先生としてガーナに赴任されたのですね。英語は得意だったのですか?

いえ、全然得意ではありませんでした。行く前に受けた語学研修ではあまり英語力は向上しないまま赴任してしまいました。しかし、理科の専門用語は基本的に英語で覚えていましたし、教師は英語で書かれた教科書を持っていますので、なんとかなりました。

勤務していた学校のスポーツ大会の様子

町のフェスティバルに入場する生徒

ただ、公用語は英語とはいえ、普段ガーナの人たちは部族語を話します。英語を習うのは小学校からで、中学生に入ったばかりの生徒はまだ英語力が十分ではありません。最初に中学1年生の授業を受け持ったら、私も生徒も英語がつたなくて、お互いの言っていることがわからない状態になってしまいました。そのため、ガーナ人の先生に「もう1年の授業はやめろ」と言われてしまいました。2年生以上になると英語は問題なく話したり理解したりできるようになってきますので、授業も問題なくできました。

 

ガーナの学校、教育事情について教えてください。

ガーナには2年間いました。この国は、小学校は各地の村にあるのですが、中学校は遠いところから通っている子どもたちも多く、基本的に全寮制です。私が赴任していた学校にも、敷地内に生徒と教員用の寮があり、私もそこに住んでいました。私が赴任していた当時のガーナの義務教育は小学校までで、中学に通えるのはある程度、金銭に余裕のある家庭の子どもたちです。でも、余裕があると言っても、お金持ちという意味ではありません。ですから、学年が上がるごとに、だんだん生徒の数が減っていきます。金銭的な理由で減ってしまうんですね。中学校は5年生まであるのですが、私がいた時は1年生が150人いるのに、5年生は30~40人ぐらいしかいませんでした。なかには、自分で働いてお金を稼いで、また学校に戻ってくる子もいます。5年生は日本でいうと高校2年生にあたりますが、私より年上の生徒もいました。

 

茗溪の先生をされていて、「ガーナでの経験が役立っている」と感じることはありますか。

私が担当している「情報」の授業については、ガーナでの経験が具体的に生きるということはありません。けれども、高校2年生の「個人課題研究」の指導で役立つことはありますね。現場のことを知っているので、発展途上国のことをテーマに選ぶ生徒の指導ができます。あとは最近、国際協力について学んでもらうために、子どもたちをラオスに連れて行っています。これは途上国支援の経験がないとなかなかできないことだと思います。

 

ちょうどお話が出ましたので、毎年、先生が生徒たちをラオスに連れて行っている研修プログラムについて教えてください。

正式名称は「国際協力スタディツアー(ラオス研修)」といいます。個人課題研究で「国際協力」のテーマを選択する生徒たちが多いにもかかわらず、実際に途上国を見たことがない生徒がほとんどという現状がありました。そのため「途上国を実際に見て考えさせたい」と思ったのがプログラムを始めたきっかけです。JICAの青年海外協力隊の隊員さんが活動している場所に実際に行って話を聞くとか、NGOのオフィスに行ってどんな活動をしているのか見学するとか、ラオスの現地の家に一泊ホームステイをするとか…。そんなプログラムを入れて、途上国自体を実際に見て、体験してもらう。それから、日本人が現地でどんな支援活動をしているのかを見てくる、というプログラムです。

ラオス研修で村を訪れる

ラオスの小学校の授業風景

 

この研修での経験を経て進路を考える生徒も多いのではないでしょうか?

これまでに延べ31人をラオスへ連れていきました。そのなかには、大学で国際関係の学部に進んだ子もいますし、看護系で勉強している子もいます。今年の高校3年生には、国際教養学部を受験する予定の子もいます。ただこの分野は、実は学部を問いません。自分の専門性をまず確立してからでないと、現地で何もできないのです。ですから、あまり進む学部にこだわる必要はありません。

メコン川に沈む夕日(ルアンパバーンの風景)

 

子どもたちを連れていくのは、なぜラオスなのですか?

費用面を考えると、東南アジアが最適です。さらに発展しすぎていないという点で、ラオスとミャンマーが候補に挙がりました。しかしミャンマーは、治安に懸念があります。実は、ラオスは青年海外協力隊が初めて派遣された日本との関わりが長い国です。国民性もとても穏やかだし、治安もいいということで、ラオスにしました。

 

茗溪では高校2年生のときに自らテーマを決めて担当教官を各先生方にお願いし1年間かけて研究・調査を行う「個人課題研究」という「卒業論文」のような取り組みがありますが、先生がもし個人課題研究をするとしたらどんな研究をしますか?

やはり物理系の研究をすると思います。社会系の研究は、ある問題に対して「こうしたらどうか」という提案はできても、個人課題研究のあの短い期間で、自分がその現状に実際に関与し、解決までするのは難しいです。それを考えると、実験などをして結果が出る方が面白いと考えます。

 

先生が指導される生徒さんの個人課題研究にはどのようなものがありますか?

私の担当は情報系なので、実験をするのは認知科学系のテーマです。例えば「ベクション」という、実際には静止しているのに、視覚情報によって移動しているような感覚が引き起こされてしまう現象を調べるという研究をした生徒がいました。モーターパラグライダーによる低空飛行で撮影した映像をスクリ―ンで見せて、どのような条件下でそのような視覚認知が起こるかを調べます。または、ディスプレイに赤と緑の丸を同時に出したときにどちらを先に見るか、などを調べたりもします。すごく単純ですが、賢い生徒ほど基本的なテーマに興味を持ちます。派手なテーマに飛びつくのは見た目に騙されていることが多い。単純なテーマほど何をどのように調べるか、深く考えて厳密にやらなければならないので大変です。
ラオス研修でフィールドワークができる「途上国」関係のテーマも多いです。今の高校3年生で、ラオスでの特別支援教育の進め方について研究した生徒がいます。現地の学校の校長先生や教頭先生にインタビューをし、ラオスの文部科学省の方針や予算などさまざまなことを調べ、政策を具体的に考えて提案しました。大阪大学主催の国際公共政策コンンファレンスでも発表し、最優秀賞を受賞しています。

 

そういったテーマは生徒が自分で決めているのですか?

そうです。たとえばラオスの特別支援教育をテーマにした生徒は特別支援学校が身近にあり、小さいときから興味をもっていたようです。「途上国」がテーマの個人課題研究は一般論になることが多いので、オリジナリティを出すには相当考えたり調べたりする必要があります。そこでオリジナリティを出すために、ラオスでのフィールドワークができるよう、個人課題研究のテーマにあわせたプログラムをラオス研修ではアレンジしています。来春の参加は中学3年生だけなので、個人課題研究のテーマがまだ明確に固まっていません。ですから体験重視で広く浅く、今まで行ったことのないようなさまざまなところへ行こうと思っています。実際の経験を通して、少しずつ興味関心をクリアにしていってほしいと思います。

 

国際化という流れの中でこれから海外に出ていく子も多いと思うのですが、そのときにどのようなことが必要になりますか?

ひとつではありませんが、まず当たり前のことですが、英語はできたほうがいいですね。あとは適応力が大事です。自分の我を通しすぎる人は、壁を乗り越えられません。自分と違う人との妥協点を見いだす力がとても大事だと思います。お互いに譲ってはいけない部分もありますが、合わせないといけない部分もある。そのときにどこに落としどころを作るかということが、非常に大事です。どちらかが一方的に固めてしまい、「絶対にダメです」としてしまったら何も進まなくなってしまいます。そういう意味で、適応力、対応力、柔軟性といったものがかなり必要だと思います。

20年ぐらい前でしたら、仕事で海外へ行くというと、ほとんどの人が先進国でした。これからは、どこへ行くかわかりません。最後に残された大きな市場はアフリカですからね。考え方や時間の感覚がまったく異なる中で、相手を変えようと思ってもなかなか変わりません。いかに自分を適応させていくかが大切です。

 

インターネットの普及もあり、情報が溢れている中で、たくさんの情報の中から取捨選択していく力も必要になってくると思うのですが、いかがですか?

1990年代にインタ―ネットが世に広まって、当初の論調は「みんなの視野が広くなって素晴らしい」というものでした。けれども、実際にはどうでしょう? 結局は「たこ壺化」して、自分と話の合う人同士が固まってはいないでしょうか。そうすると、視野が広がるのではなく、逆に自分が知りたい部分しか見なくなります。例えば、通販で本を買うと、その履歴から似たような本ばかりが表示される仕組みがありますよね。けれども本屋に行くと、目的の本だけではなくいろいろなジャンルの本を目にすることができます。それはとても大事なことだと思うんです。インターネットは自分の世界を広げられるツールですが、一方で、逆の方向に使われていることも多々あります。取捨選択というよりも、むしろ気づかぬうちに、そういう限られた狭い世界に引きこまれて視野を狭めることのほうが怖いと思います。

 

先生が教師という仕事で大事にしていることは何ですか?

無理をしないことですね。飾って何かをしようとせずに、自分らしくしていればいいと思っています。無理をすると必ずボロが出ますから、できるだけ自然体でいたいと思っています。

 

茗溪には、その子らしさ、特性を引き出してくれるような大らかな校風があるように思うのですが、先生が思われる茗溪らしさや良さはありますか?

茗溪の良さは今言われたように、かなり自由度が高いところですね。生徒がいろいろな方向に進もうと思った時に、そのいろいろな方向をサポートする人たちがいるというのも茗溪らしいところだと思います。ただ行事は多いですよね。この「常に何かをしている」という状況の中で培われる力もあります。ただ一方で、静かに深く思考する時間を取ることも大事なことなんですね。現状、学校ではそのような時間は取れません。個々人が自分の自由時間の中で、1人になって考えを巡らす、そういう時間を持ってほしいと思っています。

 

先生が茗溪生の保護者に望むことは何ですか?

学年主任として父母会でもよく話す内容ですが、子育てに公式はありません。これをやれば大丈夫ということもないし、これをやらなければいけないということもありません。1人ひとり違うのです。まず、思春期に入っているので小学校の時とは接し方を変えていかなければいけません。これから自立をさせていくということは、親の関与を減らしていくということです。子どもが自分でコントロールするのは難しいので、親がうまく身を引いていかないと、子どもは自立できません。また、親が問題解決の前面に出ていくと子どもの問題解決能力が育ちません。自分でその問題をどうクリアしていくのか、自分で乗り越える経験が必要なんです。心配なことは多々あると思いますが、親が自分の不安を解消するために子どもの問題解決を手伝うのではなく、子どもに解決させてほしいと思います。親の仕事は心配することですから。

 

茗溪で先生をしてよかった、と思われますか?

それはよかったと思っています。他の学校では、ここまで海外青年協力隊での経験を生かせる場はなかなかないように思います。茗溪には、教科以外の経験を生かせる場がたくさんあると思っています。

 

お忙しい中、インタビューに答えていただきまして、どうもありがとうございました。大貫先生の更なるご活躍をお祈り申し上げます。

インタビュー担当:田中(40K)、岸(40K)、山田(40K)、殿塚(40K)